銀の匙
1971年より3年、東大入学者数 日本一を誇った灘中・高の国語を教えていた教師橋本武の教本となった、中 勘助の作品。この本を手本に中学生に考えることを、生徒自身に悟らせた。この本を最初に認めたのは夏目漱石だそうである。この作品「銀の匙」には不思議なほどあざやかに子どもの世界が描かれている。しかもそれは大人の見た子どもの世界でもなければ、おとなの体験のうちに回想せられた子ども時代の記憶というごときものでもない。それはまさしく子どもの体験した子どもの世界である。おとなは通例子ども時代のことを記憶しているつもりでいるが、実は子どもとして子どもの立場で感じたことを忘れ去っているのである。そういう大人にとっては、祖母の背におぶさっているような幼いこどもの心の細かい陰影の描写などは、実際驚嘆に値する。このようなことは大人の複雑な心理を描くよりよほど困難である。こうなると描かれているのはなるほど子どもの世界に過ぎないが、しかしその表現としているのは深い人生の神秘だと言わざるを得ない。
昭和10年 和辻 哲郎(哲学者)
| 固定リンク





最近のコメント