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2017年10月

人間の性質と経済

私は毎日かならず、静かに研究し考える時間をとった。
経済活動の基本的な主体は人間である。人間はどのような性質を持っているのだろうか。人間の性質のうち変化しないのはどの部分なのか。人間が行動し学ぶとき、自由な意志で決められる部分はどこまであるのだろうか。私はこの疑問を持ちはじめて以来、常にこの点を考えてきた。人間の性質のなかでとくに重要なものに知性の水準があり、人々が生き残っていく為に必要な生計手段を獲得していくのにどこまで成功するかに大きく関係する。最先端の技術をもつ国では、労働生産性を長期にわたって年平均3%を超える率で高めていくことはできないようだ。イノベーションによって生活水準を高めていくペースとしては、年3%が限界のようなのだ。これが人間の知性の限界であるように思える。
わたしの仮説だが、情報技術が吸収されその活用方法が学ばれていったことから、インフレ率が低く、金利が低く、生産性が向上し、完全雇用が実現する状態が長期にわたって続く時期に入った可能性がある。現在の技術革新は深さと持続性において50~100年に一度のように思える。ルービン財務長官は政府高官が公の場で株式市場について論じるべきではないという意見だった。
理由は3つ、
①市場が買われすぎか売られすぎになっていることを確実に判断する方法はない。
②市場の力に勝つことはできない、論じても何も得られない。
③何を語っても裏目に出て、信用を失う結果になる可能性が高い

アラン・グリーンスパン わが半生とFR

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

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思うことあり!

山あいの団地のような広大な墓地の一角、今年はいつになく時期外れの10月にお墓参りをした。彼岸花が枯れ、お供えもカラスやむしの餌となり荒れ野原の様相を・・・いったいなにが供養の本質か?生きている人の気休めか? 子どもの頃、父・母に連れられていたとき、何も考えずに、汚れを水で洗い流し花をいけ、線香をささげ、生前大好きな御餅やお菓子・タバコ・お酒など供えてきた儀式。帰り際、少し離れて眺めるとなんと美しく清清しく、心も落ち着いて帰宅の途についた記憶もある、おもうことあり!彼岸の後しばらくしてから行って見ると、なあ~ンと 全ての花は枯れ、食べ物はカラスや虫が噛り付き、四方に散々させ、見るも哀れな墓団地になっていた。それからというもの、わたしの供養のスタイルは 体ひとつでタオルと石鹸でひたすら墓石をきれいに掃除することにした。・・・これって気持ちいいですよね? そう思いませんか。。。












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