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今の学生の特徴

「今の学生の特徴はありますか?」と質問されることがあります。

      

 この10年で変っことはたくさんありますが、最も変化したのは情報への姿勢です。今は、すぐに検索ができる時代です。授業で紹介した事例などは、興味があれば、すぐにスマホで検索できます。質問したら答えるまでの間に検索もできます。 

      

 情報なら、いくらでもある時代の中で、授業の役割も変化しています。

      

 そこで、今年の大学の授業では、学生たちの議論の時間をなるべく多くとっています。        

      

 中でも、自分達自身の活動を検証する議論は、学生たちの生の声が出て興味深いものです。

      

 その学生たちの議論でも、社会人の議論でも気になるのが       

      

 「それぞれ」・・・を答にすることが、よく見られることです。

      

  違う意見や対立がある時、複数の関係者が関わる時、「それぞれの考え方で???」というのを結論とする考え方を、少なからず見かけます。       

      

 確かに、無理して一つにならなくてもいい場面も多いのですが、「それぞれ」という結論が、「そうしておけば、面倒じゃないから」という理由でなら、注意が必要です。       

      

  これを、ボストンコンサルティングのイヴ・モリュー氏はTEDトークの中で、「チャンネル争いに、2つのテレビを置く解決法」と呼んでいます。       

      

 多くの組織で、社員が違うものを見たがり、その結果、それぞれのテレビ(ゴール)を設置する。 その結果、組織内の協力が弱まるのが、生産性低下の大きな要因だというのです。

      

  「それぞれ」は、一見、相手を認めているようで、自分と他人の間に線を引く思考です。       

      

 「それぞれ」だと面倒が減るのは、相手との相互作用を避けることができるからです。
         

      

これを、異文化理解の研究者ミルトン・ベネットは「最小化」と呼びました。       

      

 異文化に出会うと、先ず「違和感・拒否感」があり、その後、反発か同化を経て「最小化」になる。       

      

 自分を変えたくないがゆえに、自分とは違う意見を否定せず、それぞれと考える段階です。

      

 最小化を超えて、異文化の受容に行くには、相手の存在を通して自分の正しさを再検証し、相手のいいところを認め、自分が絶対ではないと納得する自文化の相対化が不可欠です。

      

 「それぞれ」は一見、他者を受け容れているようで、自文化中心は動かさないので、そこから協力は生まれないのです。

      

 この一年を振り返ると、世界でも国内でも色々なところで「それぞれ」が起きています。 自分の正しさを主張し、自分の考えを他者によって検証しない。相手の考えは相手の考えでしかなくスルーし、「自分たちはこうだ」と頑なに主張する。       

      

 どんどんと内側に目を向けて、相手が何を言おうが、世界の流れがどうだろうが、「これでいいじゃないか」「自分たちはちゃんとしている」と居座り、自らを検証しない。       

      

2つのテレビは「自分たちのテレビに自分の観たいものだけ観る」という状況を作ります。しかし、同じ時間に、別のテレビでは自分とは違う、自分には不都合なものが流れています。       

      

 それを無視するか、自らを検証する機会とし、他者と協力してより先に行くのか。

      

 「それぞれ」を超える対話の広がる年になってほしいと思います。

      

                           引用  広石拓司
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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